東京都心部に建つ分譲マンションの管理組合理事会様から、所有されているマンションの構造耐震に関わる安全性を診てくれないかというご相談をいただきました。
現地で行われる理事会にお邪魔して、
- 既存建物の耐震性能
- 既存建物の状況
- 耐震構造の仕組み
を説明させていただきました。
既存建物の耐震性能
まず既存建物の完成時の図面があったので見させていただきました。
建物の完成は昭和44年でした。後で詳しく記述しますが、昭和44年にできた建物は「旧耐震」の建物です。図面の中の平面図を見ますと、独立した柱が立っていて、地震の時の揺れから建物を守る柱に付くコンクリートの壁は非常に少なくて、まさに旧耐震の特長である耐震性能が低い建物であるということが見受けられました。
特にマンション共同住宅の特徴である、
- 出入口のある地上1階の部分に耐震壁が少ない
- 2階より上は各住居を区画するためのコンクリートの壁が柱に付いて耐震壁になっている
という形になっていて、上部が比較的固くなっていて、地上部が耐震性が低く、地震時には揺れのエネルギーが地上部の柱に集まってしまうことが直ぐに予想されました。
さらに建物全体はL字形になっていました。平面的形状が矩形(長方形)になっていない場合は、地震時に揺れ方がL字の垂直部分と水平部分で異なり、重なり連結している部分が引きちがれることが判明して、最近の耐震基準では建物を切り離して※、異なる揺れに順応する対策が取られることになっていますが、時代的にもこちらの建物では切り離し※は有りません。困ったことに、以前に理事会様が耐震診断を相談した専門家からは「切り離しはある」と伝えられていたそうで、図面を見れば、または現地を見れば、途端に判断出来る切り離しの有無について事実と異なる見解を示されていました。
※切り離し=エキスパンション・ジョイント と呼びます。
既存建物の構造状況
既存建物ね図面を見させていただいた後、建物の共用部を見させていただきました。
築50年を超える建物であるためなのか様々な故障箇所がありました。こちらでは詳細を申し上げる事は避けますが、表面的な故障箇所はなく、コンクリート自体が破れてしまって雨水が入り込んでいる場所や、放っておくことができないような故障箇所もありました。
耐震性能の評価
地震の揺れに耐える耐震壁の位置を確かめるために見させていただいた図面や、現地の建物も状況を見させていただいた結果から、既存の建物の耐震性能について概要を申し上げさせていただきました。
震度5以上の地震については非常に危険な状況にある。と判断しお伝えました。
これは旧耐震建物の耐震性能とこれまでに日本で起きた大地震を受けた建物の結果報告を総合して申し上げた内容です。
旧耐震の耐震性能については以下の説明を行いました。
耐震構造の仕組み
日本の建築物は「建築基準法」の構造基準によって建てられています。耐震性能はこの基準に添っていて、基準をクリアすることがほとんどの建物の共通した性能です。つまり建築基準法の耐震性能を大きく上回って設計される建物はないと言う認識を持たねばなりません。
(1)旧耐震と新耐震
昭和53年の宮城県沖地震をきっかけにして耐震構造基準が改正されました。それが昭和56年であり、それ以前の建物を「旧耐震」と呼び、それ以降の建物を「新耐震」と呼んでいます。
旧耐震および新耐震の耐震性能基準は以下の通りとなっています。
- 旧耐震の基準:震度5強程度の揺れでも建物が倒壊せず、 破損したとしても補修することで生活が可能な構造。
- 新耐震の基準:震度5強程度の中規模地震では軽微な損傷、 震度6強~7に達する程度の大規模地震でも倒壊は免れる。
特に心得ていただきたいのは、旧耐震から新耐震に基準が改正された際は、震度5強→震度7になっていること と 大地震に見舞われた時に建物が崩壊せず内部に居た人が安全に外部に避難出来ること(建物は健全でなくても構わない)を基準にしていることです。
(2)新耐震の状況
昭和56年に改正された新耐震基準になった以降に見舞われた大震災は、
- 阪神・淡路大震災(1995年1月17日)
- 東日本大震災(2011年3月11日)
- 熊本震災(2016年4月14日)
が、記憶に新しいところですが、これらの地震では、新耐震の基準で建てられた建物は崩壊に至らずに(熊本大震災の益城町で震度7を2回浴びた建物の17棟のみは損傷しています)、死者を出していません。
(3)耐震補強の方法 マンションで耐震補強が進まない理由
公共の施設、例えば小学校や役所建物では付け足しの材料による耐震補強工事がなされているのをよく目にします。しかしながら、マンション共同住宅では、耐震補強工事がなされているものをあまり目にしたことはありません。
何故か?
- 高額の耐震補強工事をすること自体に住民の賛同が得られない。
- 耐震補強の骨組みを施すと開口やバルコニーの占有度が低くなるので賛同が得られない。
- 耐震補強工事期間中の騒音振動や一時移動に賛同が得られない。
と言った理由で耐震補強工事が進まないようです。
(4)構造骨組みの寿命
鉄筋コンクリートは、セメント + 砂 砂利 + 水 で出来たコンクリートと、鉄筋棒で出来ています。コンクリートと鉄筋が健全であれば、問題ありません。
ただし、以下の時間の経過によって各部材の構造的性能が劣化していきます。
(a) コンクリートの強度は完成から40年~50年くらいを頂点に強度が低くなります。
(b) コンクリートは当初はアルカリ性です。これが二酸化炭素に触れると、アルカリ性が抜けて、中性に変化していきます。コンクリートの中に埋め込まれている鉄筋は周囲がアルカリ性であれば変化はしませんが、周囲のコンクリートが中性化すると酸化が始まり、錆び始めます。鉄筋は錆びると膨張してコンクリートを破壊させてしまいます。
(b) を防ぐために、修繕改修を行います。鉄筋コンクリート造の建物の修繕の目的は、これにあります。
(a) は周囲状況の如何に関わらず、コンクリート自体の強度は変化して劣化していきます。これを防ぐ方法は現段階ではありません。
すると、鉄筋の劣化は修繕出来るとすると、コンクリートの強度の低下から、寿命は一般的に50年~60年もしくは70年と言えるでしょう。コンクリートの強度は、既存建物の一部を試験体として破壊検査をすれば確認出来ます。よって、完成年から40年を超えた頃から定期検診的に2年~5年毎にコンクリート強度検査を行えば、建物の寿命は測り知れることが出来ます。
ご質問
以上の説明解説後、以下のご質問をいただいてお答えしました。
Q:耐震診断をして耐震改修をすれば建物は壊れないのでしょうか?
A:診断結果と必要な耐震補強措置の工事の充実度に関係しますが、しっかりとした補強工事を行えば、崩壊は免れると思います。崩壊は免れるというだけで、利用され続けるとは違います。また中途半端な補強では耐震補強工事をしないのと同じです。
Q:耐震補強もしくは建て替え建て替えの他に選択肢は無いのでしょうか?
A:建物と地面を切って、その間に免震ゴムを入れて免震構造にして、強い地震の揺れを既存建物に伝えない方法はあります。しかし下記の課題は避けられません。
- 工事中建物は利用出来ない
- 高い費用が掛かる
- 免震にしても既存建物のコンクリートの寿命は長くないので費用対効果が望めない
Q:耐震補強とは外壁全部に耐震壁や筋交いを入れなければならない程度などでしょうか?
A:耐震診断の結果から耐震壁を設ける場所が特定出来ると思います。多分1階の耐震壁が無いところは沢山設置することになると思います。住居階の周囲全部に耐震壁を設けるということにはならないと思います。
質疑応答後、マンション住民の皆様に当方が申し上げた事実を申し伝えるという理事の皆様のご決心的談話をいただきました。皆様の安全と安心が実現することをお祈りします。理事の皆様のご感想をお聞きし、様々な価値判断が錯綜することを実感し、分譲住宅の更新の難しさを体感しました。
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